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zoom RSS 世界遺産の地を訪れて

<<   作成日時 : 2009/08/30 19:25   >>

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画像今夏、岐阜・郡上八幡〜飛騨高山〜白川郷〜石川・小松へと足を運んだ。
その中の世界遺産・白川郷の合掌集落(1995(平成7)年登録)についての豆知識から。

○20世紀に激変した白川郷と五箇山地方
 1930(昭和5)年、小牧ダム、祖山ダムの建設に端を発した電源開発は年々活発化し、1961(昭和36)年に御母衣(みほろ)ダムが完成すると、白川郷荘川村では、5地区が同時に水没した。また、住宅の近代化にともない、古くて不便な合掌造りの家屋が次々と建て替えられ、1945(昭和20)年時点では、まだ300棟は残っていたが、20年後には約半数の166棟に減ってしまった。

 しかし、1970(昭和45)年に五箇山の集落が国の史跡に指定されると、翌年から保存活動が活発化。1976(昭和51)年には、白川村の萩町が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、さらにその動きに拍車がかかった。
 世界遺産に登録される礎は、70年代以降の保護活動によって築かれたのだ。

○「結」の精神
 白川郷と五箇山には、古くから「結」と呼ばれる相互扶助組織がある。その結束力を強めているのは、鎌倉時代中頃から広まった浄土真宗への信仰だ。
 また厳しい自然環境の下では、家族だけでは生活はままならならず、隣人たちとの協力態勢がなんとしても必要であった。とくに、30~40年に一度行われる茅葺き屋根の葺き替えは、「結」によって行われた。白川村では、葺き替えのたびに、村民100~200人総出で一日で仕上げたのである。
 合掌造り家屋も労働力も減った現在は、地域の人々のほか、ボランティアなどが屋根の吹き替え作業を手伝い、総勢200人が二日間かけて行う。
共同体の助け合いの精神は、現在でも形を変えて生き続けているのである。

 「そこには、今なお600人を越える人の生活が息づいています。
  互いに助け合って家を建て田畑を耕し、
  雪と戦うなどしてこの貴重な遺産を守り継いできました。
  年月から守る/火災から守る/豪雪から守る・・・」

 その地で買い求めたパンフでこう記されている。
 大勢の人が茅葺の屋根に登って葺き替え作業する様は圧巻である。

 また県指定重要文化財の明善寺(みょうぜんじ)郷土館では、浄土真宗のお寺ということから、「入場料」ではなく「拝観料」となっている。

東海・北陸自動車道や白山ス−パ−林道などアクセスの整備に加え、世界遺産登録を契機に、マイカ−で訪れる多くの観光客。その賑わいと活気の裏で、伝統を守りつつ自然と共生することの大切さ、難しさを垣間見た、訪問であった。

  [参考]
○「世界遺産学検定公式テキストブック1 概論+日本の遺産」 世界遺産アカデミ− 講談社

世界遺産学検定 公式テキストブック 1
講談社
世界遺産アカデミー

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