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zoom RSS 「古典」から学ぶ〜「花」について

<<   作成日時 : 2009/11/03 21:06   >>

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画像「♪夢が二度かなう〜<蜜蜂と鯨>から<うた>へ 」について
日本の美を深く探求した至高の芸術論といわれる『風姿花伝』。

高校時代の古典の授業で、その一部を教科書で読んだ記憶がある。
あらためて読み直す機会があろうとは思いもよらなかった。

「能という古典芸能の一ジャンルにとらわれず、舞台・芸術・文芸・ジャ−ナリズム等あらゆる表現活動に携わっておられる方に、まず読んでいただきたい。また一級の中世文化論にして、説得力に富む教育論・哲学書として広く一般の方々にも、その普遍的価値を認めていただける作品であると信じる。
人生に対する深い洞察、人間への尽きせぬ慈愛と共感が、きらきらと輝く美しい言葉、名文で綴られていく。今後も日本で、世界で読み継がれ伝えられていくべき名著である。」

現代語訳者のあとがきに、こう記されている。まさしくそのとおり。

「人の心に思いもよらない感動を呼び起こす手立て(=力)」のことを、「花」にたとえている。
「感動」と現代訳されているところは、原文では「感」となっている。

『風姿花伝』という題の由来については・・・・。
「道を嗜(たしな)み、芸を重んじて私心を去れば、能の授く恩恵を得られぬことなどあろうか 
その風(=伝統)を継ぐものといえども、個々人より出づること大であれば、語れども語り尽くせない。
ただその風を得て心より心に伝え行く花なれば、本書を風姿花伝と名付けた。」

そもそも芸能とは・・・の件も興味深い。
「諸人の心を和ませ、感動を与える幸福の根本、つまりは寿命を延ばす法となる。
究めつくせば世のすべての道はこの幸福と長寿という目的にたどり着く。」

さらに、プロ合唱団・東京混声の各地での演奏会の意義を考えさせられる件も目にとまった。
「芸能は、万人に愛され受け入れられることを、一座繁栄の福の元としている。
ゆえに、あまり難解すぎる芸のみに偏れば、また諸人の評価も受け難い。このため能に初心を忘れず、時に応じ所により、愚かなる眼にもなるほどと映るような能をすることがすなわち福となる。 
(略)すなわち亡父観阿弥は、どのような田舎や山里のかたすみであっても、その土地の人の好みと所の風習をいちばん心にかけて芸をしたものだ。」

日本の古典であるので、原文で読むのが基本でしょうが、
現代語訳によって一定理解しながら読むのもありではないだろうか。
いずれにしても、いろいろと考えさせられる「古典」からの貴重な一冊である。


現代語訳 風姿花伝
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