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zoom RSS まだ戦後は終わっていない!

<<   作成日時 : 2010/01/09 23:57   >>

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画像3月13日に想う 平和 」について
戦後生まれの私にとっては、過去の出来事と受け止めていたが、まさしく現在の課題であることを、この本を読んで知った。

68年目の開戦記念日にあたる2008年12月8日、大阪空襲の被災者や遺族18人の方々が、国を相手に、謝罪と総額1億9800万円の損害賠償を求める訴訟を提起。集団訴訟としては、先行する東京空襲訴訟に次いで二例目である。

「過去の出来事に対する訴えではなく、現在も癒されることなく続いている苦しみに対する訴えであり、人間回復を求める訴えである。「このままでは死ぬに死に切れない」との思いで憲法14条の法の下の平等の実現、人間回復を求めて提訴した。」

「子や孫が戦争に脅かされず平和に過ごさせるためには、戦時災害援護法ないと、「国民はいつも踏み砕いていい」という政府の考えを通すことになってしまう。金をくれという問題ではありません。戦災で傷ついた人間が存在したという証、その痛みをわかってほしい。国の責任を明確にして償ってほしい。」

「このまま、死なれへん。国民を金儲けの道具にしては困る。亡くなった人に口はない。残された者がその思いを代弁しなければ・・・。」

「死んでいった仲間の無念、私自身の人生が奪われた無念を思うと、ここでやめるわけにはいかん。」

大阪や東京で訴訟を提起した人たちの悲痛な叫びである。
こうした思いに対し、国は、戦時中は国民がみんな苦しかったから我慢しなさいという、いわゆる「戦争損害受忍論」をもって反論し、請求の棄却を求めている。つまり民間人である被災者や遺族に対して何も対応しないという現状を正当化しようとしている。
この「戦争損害受忍論」は、戦後の「一億総懺悔論」とも相通じるように思う。 

なぜ、民間の空襲被災者を救済する「戦時災害援護法」が必要なのか?
「二度と戦争をしない国にするためにも、民間人への補償を法制化することが必要なのです。もし、法律ができれば、国は戦争を起こすことに二の足を踏むに違いない。戦争を起こして民間人に被害が出ると、補償のための膨大な支出が必要となるから。」だと、訴訟を提起した人たちは主張する。

60ペ−ジほどのブックレットであるが、小さな声を大きくしたいとの著者の熱い思いが、ずっしりと伝わってくる。まだ日本の戦後は終わっていないのである。
「命をかけた反戦運動」であるこの訴訟の今後の動きを注視していきたい。


 *大阪空襲訴訟
   http://o-bengosi.hp.infoseek.co.jp/osaka-kusyu/index.html
(関連本)
   「空襲被害はなせ゜国の責任か」 矢野宏  せせらぎ出版 2011.6

 *東京大空襲訴訟
   http://www.geocities.jp/jisedainitakusu/sub06.html






空襲被害はなぜ国の責任か―大阪空襲訴訟・原告23人の訴え
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矢野 宏

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