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zoom RSS “愛する”とは?“生きる”とは?

<<   作成日時 : 2010/11/23 23:13   >>

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画像絵本作家佐野洋子さんの訃報(11/5)を新聞で知り、それがきっかけで手にしました。こんなお話です。

100万回も死んで、100万回も生きた、りっぱなとらねこ。
100万人の人が、そのねこをかわいがり、100万人の人が、ねこが死んだとき泣きました。
でも、ねこは一回も泣きません。
あるときは、戦争の上手な王さまのねこ、あるときは、船乗りのねこ、サ−カスの手品づかいのねこ、泥棒のねこ、ひとりぼっちのおばあさんのねこ、小さな女の子のねこ・・・

ねこは、自分の飼い主のことが好きではありませんでした。
きらいもきらい、だいきらいだした。
だから、ねこは、死ぬのなんか平気だったのです。

あるとき、だれのねこでもなく、野良ねこになります。
はじめて、自分のねこになったのです。
めすねこが、およめさんになりたがって、言いよってきますが、
だれよりも自分がすきだったので、まったく相手にしません。

そんな中、自分に見向きもしない、白い美しいねこと出会い、好きになります。
そして、白いねことの間に、たくさんの子ねこが生まれます。
やがて、子ねこたちは大きくなって、それぞれどこかへ行ってしまいます。

いつまでも、一緒にいつまでも生きていたいと思っていましたが、
ある日、白いねこは静かに死んでしまいます。
その時、はじめて、ねこは泣きます。
夜も、朝になっても・・・100万回も泣きます。

そして、ある日のお昼、
そのねこも、白いねこのとなりで、静かに動かなくなります。
もう決して、生き返ることもありませんでした。

「自分よりも大切な何かに出会い、愛することによって、初めて本当の意味で“生きる”ことができる。」
そんなメッセ−ジが込められたお話しです。
だからこそ、愛するものを失った時に、初めて悲しみの感情が起こり泣いたのでしょう。

とすると、それまで100万回生きたといっても、本当の意味では生きていなかったことになるのでは・・・?
愛すること、生きることの意味を考えさせられるお話です。

なお、絵を見て感じたこと・・・。
白いねことの幸せな時を過ごしている風景に出てくる草花は、決して華やかな花ではなく、どこにでもありそうな、見方によれば質素な雑草の花のように描かれているのが、その意味をより浮き立たせているようにも感じました。

*「大人のための絵本の本」エンタ−ブレイン

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