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zoom RSS 今あらためて、子どもたちとともに読んでみたい一冊

<<   作成日時 : 2011/04/10 18:48   >>

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画像大人の目線で読む名作〜「自由」を考える」について
アメリカ・ニューメキシコの緑あふれるクルンパの谷に君臨した「キング・ウルフ」と呼ばれたオオカミ王・ロボの物語。

ロボにつきしたがう群れのメンバ−は、わずか5頭。第二順位の巨獣オオカミ。ロボのつれあいといわれる美しい白いオオカミ「ブランカ」。俊足の「黄色いオオカミ」。
ロボの群れにウシを毎日のように殺される牧場主が、ロボの群れをなんとしても退治しようと、懸賞金をかけます。多くの猟師が知恵をしぼり、毒餌やワナをしかけるが、ロボはそれらを見事に見破り、自分たちの命を守ってきたのです。ロボの群れの習性は、人間を見たなら、物陰に身を隠すこと、自分で殺したえものだけを食べるという食事の作法とすぐれた臭覚です。

シ−トンが、ロボ退治に関わるきっかけは・・・
以前シ−トンが暮らしていたカナダの大草原の大牧場主の友人から、ニュ−メキシコに行って、牧場のウシを襲うロボの群れを退治してくれないかと誘われたのがきっかけです。当時ニュ−ヨ−クでいすと机にしばられる作家であり、画家であったシ−トンは、大都会の暮らしにすっかり飽きて、変化が必要で、どうしても西部に戻りたくなっていました。そこで、ロボをとらえることに矛盾を感じながらも、ロボをもっともっとよく知るまたとないチャンスと思い、クルンパにかけつけます。
ここで大切なのは、シ−トンは決してロボを殺すためではなく、とらえることであったということです。

お話の後半、次のような前置きをし悲しい結末へと展開していきます。

「まるで、ロボの英知はすべてをみとおすことができるかのようでした。この後におこったロボの破滅は、ただただ、信頼する不運な仲間への深い思いやりと誠実さのためでした。
 もし、ロボがひとりだけで生きていたのなら、いまもクルンパのはてしない高原で、盗賊として生きつづけていたことでしょう。ロボは仲間への思いやりと誠実さのため、信頼する仲間の失敗をとりもどそうとしたために破滅し、おなじようにして破滅した英雄たちの名簿の長い列の上に、その名をのこすことになったのです。」

人間と動物との知恵比べとでもいうのでしょうか。その勝負は、ロボが愛する仲間への思いやりを示すことによって、決着がつくことになります。同時に、オオカミの群れのかすかな足あとのみだれに着目したシ−トンの賢明さにあったともいえます。いずれにしても、ロボにとっても、シ−トンにとっても、つらく悲しい結末を迎えるのです。

「わが親しき、偉大なる無法者の友よ。幾千の急襲をしかけ、幾万の危機をかいくぐって、生きぬいてきたわが友よ。いま、わたしは、そのおまえを数分のうちに重い死体にかえ、ハゲタカの餌食にしようとしている。ああ、なんたることか!わたしには、ほかに道がみえない。」
「いや、まて! ロボを殺すのはやめだ。キャンプに生かしたままはこぶことにしよう。」

仕掛けたわなにかかり瀕死の状態にあるロボに、なんとシ−トンは「わが親しき、偉大なる無法者の友よ」と語りかけます。そして、その場で殺すのをやめ牧場に連れ帰ります。

また「ブランカを殺したのはまちがいだったと気づきました。もし、ブランカを生かしておいておとりにつかえば、わたしはブランカをとらえたその日の夜のうちにもロボもまたしゅびよくとらえていたはずです。」と、シ−トンは後悔をします。

牧場につくと、ロボを牧草地に降ろし首輪をはめ、鎖でくいにつないで、縄をときます。
「力をうしなったライオン、自由をうばわれたワシ、愛するものをなくしたハトは、かならず死ぬ。わたしがわかっているのは、しらじらとあけはじめた朝に、ロボはあいかわらずしずかにふせた横たわる姿勢のままで、ただ、魂が体をはなれていたということだけです。・・・わが親しき偉大なるオオカミ王、キング・ウルフ、ロボは死んでいました。」

そして一人のカウボ−イに手伝ってもらいながら、死んだロボを、ブランカの死体が置かれている納屋に運びます。すでに死んでいるブランカのわきに、そっとロボをおろしながら、カウボ−イがいいます。
「ああ、ロボよ。ブランカのために命をかけて悔いなきロボよ。さあ、おまえの場所はここだ。おまえは、愛するものと、ただいたかっただけなのだ。」

こんなせりふで終わる、とても切なく悲しい物語です。しかし底流には、徹頭徹尾、動物をこよなく愛するシ−トンのやさしい眼差しを感じさせる温かいものが流れています。シ−トンが書いたたくさんの動物物語の傑作の中でも、きわだって名高い作品と称せられるのも、そんなところに起因するのでしょう。

この物語は、最初、アメリカの雑誌「スクリプナ−ズ」(1894.11月号)に掲載され、出版されたのは1898年。(原題「Wild Animals I Have Known」)1840年代の北米で盛んにすすめられた西部開拓が、1890年に入り“フロンティア消滅”として収束する頃(日本では日清戦争勃発1894年)に構想されています。
「日本ではこの物語はフィクション(創作)で、シ−トンの想像で書かれた作品と考えられてきた。しかし、シ−トン自身がこの物語は「ほんとうにあった話」とはっきり書いています。」訳者によるあとがきには、こう記されています。

本書では、物語の本文とともに、訳者によるQ&A方式の解説が置かれていて、作品を理解するうえで興味深い記述がいくつかあります。
シ−トンは科学者というよりナチュラリスト。自然を知ろうとするが、自然を傷つけたりはしません。動物を殺すのは標本をつくるため。あくまで心はナチュラリスト。オオカミの心を知った、これからは動物を決して殺さないと誓い、自分のサインにオオカミの足あとを添えることにしたとのこと。

また、その後カメラに夢中になったシ−トンは、雑誌「リクリエ−ション」に狩りについてのコメントをよせています。「銃をカメラに持ちかえてみたらいかがでしょう。カメラでも獲物を追う楽しみは十二分に楽しめますよ。それに得られたトロフィ−(記念物)は、動物の死体ではなくて、生きたすがたです」と。

その最後のQ「その後、オオカミたちはどうなったのか?」で記されているコメントは、今日の私たちへの警鐘のようにも感じられ、物語の余韻とともに心に残りました。

「バッファロ−やオオカミとおだやかにやさしくつきあうことを学ばなかったひとびとは、大草原の土とおだやかにつきあうことができませんでした。もちろん、ひとりひとりの人というより、社会や経済のしくみがつきあいかたを学ばせなかったことが問題でした。
 こうしてみるともシ−トンとロボの群れが経験したことは、大きな変化のなかの小さな断片であったとわかります。わたしたちは、もうぜったいにオオカミを殺さない、というシ−トンの決意と、ダストボウル(砂嵐)を引き起こした社会の失敗の双方に学ぶことができます。」

読後、人間の癒しとして、動物とのふれあいを求める今日のペットブ−ムに、やや違和感を感じてしまいます。自然と人間との共生が求められる時代にあって、決して人間本位の「共生」であってはなりません。人間も自然の一部だということ。シ−トンがこの作品を通して示している動物や自然に対する眼差しは、ややもすると見逃してしまいがちな大切なことを私たちに教えてくれるように思えます。
まさしく今あらためて、子どもたちとともに読んでみたい一冊です。

(ある読書会で取り上げられていたのがきっかけです。)

オオカミ王ロボ (シートン動物記)
童心社
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