日中関係のキ-ワ-ド ~「文温」の視点から~
「日中関係をテ-マとするシンポジウムに参加して・・・」について
■ある講演会でこの著者のお話を聞いたのがきっかけで手にした本です。
講演会のテ-マは、「支え合う近代の日中文化~往還と沈潜~」。
近代の東アジア(日本、中国、韓国)は、中国に源を有する儒教や漢字文化の上に、
新しい他者として近代の西洋文化を受容したという共通性があり、また中国・韓国には、近代になって日本が発する文化が照射されたという歴史があることから、東アジアを一つの共同文化圏ととらえます。
*<往還>:互いの文化が行き来する
<沈潜>:相手の文化が自分たちの生活・文化の中に深く浸透している
また、東アジアの文化史上における近代の始まりとして、イギリスから派遣されたプロテスタント宣教師たちの翻訳・出版活動に注目します。その象徴が西洋の近代文化の概念を漢字(漢文)を使って翻訳した「英華字典」(モリソン1807)をはじめとする四大字典の伝来であり、各種の新聞や雑誌さらには「漢訳西書」などの出版活動です。
■そんな文脈の中で、いち早く近代へ歩みをはじめていた都市・上海が有する貿易、交通、情報のネットワ-クが、日本の明治維新への準備に大きな影響を与えたことを指摘します。
○プロローグ 二つの「上海」
○第1章 サムライたちの上海
○第2章 東アジア情報ネットワークの誕生
○第3章 日本の開国と上海
○第4章 「ロマン」にかき立てられた明治人
○第5章 魔都に耽溺した大正作家たち
○第6章 「摩登都市」と昭和
○エピローグ 上海からみた日本
■幕末の安政開国(1858)から明治維新(1868)までの10年間で江戸幕府が欧米諸国に派遣した使節団のほとんどが、上海(あるいは香港)経由で欧米に渡っているという事実。
つまり、幕末の志士たちの最初の「西洋」体験が上海であったということ、ディナ-、
ピアノ、写真といった西洋事情と遭遇するのです。
まさしく19世紀半ばの上海は、列強諸国の東アジア進出の「最前線」であり、
東アジアにおける西洋文化基地であったというのです。
さらに、近代ナショナル・アイデンティとしての日本人論、明治・大正文学に見るオリエンタリズムやモダン趣味などなど・・・・とお話は続きます。
そして、近代日本人の精神の変遷をとらえるうえで、上海と日本との関係の解明が欠かせないと結んでいます。
■私にとってまだ見ぬ上海、であり中国本土。
いつかこの眼で見、肌で感じたいとの思いがぐっと迫ってきました。
10年にも及ぶ日本での留学体験から生み出された中国人学者による奥深い考察。
あらためて日中の関係が取りざたされている昨今、ぜひ一読をお薦めします。
★「魔都上海―日本知識人の「近代」体験 」
劉建輝【著】 講談社選書メチエ (2000-06-10出版)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062581868/sr=8-1/qid=1160875490/ref=sr_1_1/503-5432329-7924754?ie=UTF8&s=books
(Amazon書評投稿に加筆)
■ある講演会でこの著者のお話を聞いたのがきっかけで手にした本です。講演会のテ-マは、「支え合う近代の日中文化~往還と沈潜~」。
近代の東アジア(日本、中国、韓国)は、中国に源を有する儒教や漢字文化の上に、
新しい他者として近代の西洋文化を受容したという共通性があり、また中国・韓国には、近代になって日本が発する文化が照射されたという歴史があることから、東アジアを一つの共同文化圏ととらえます。
*<往還>:互いの文化が行き来する
<沈潜>:相手の文化が自分たちの生活・文化の中に深く浸透している
また、東アジアの文化史上における近代の始まりとして、イギリスから派遣されたプロテスタント宣教師たちの翻訳・出版活動に注目します。その象徴が西洋の近代文化の概念を漢字(漢文)を使って翻訳した「英華字典」(モリソン1807)をはじめとする四大字典の伝来であり、各種の新聞や雑誌さらには「漢訳西書」などの出版活動です。
■そんな文脈の中で、いち早く近代へ歩みをはじめていた都市・上海が有する貿易、交通、情報のネットワ-クが、日本の明治維新への準備に大きな影響を与えたことを指摘します。
○プロローグ 二つの「上海」
○第1章 サムライたちの上海
○第2章 東アジア情報ネットワークの誕生
○第3章 日本の開国と上海
○第4章 「ロマン」にかき立てられた明治人
○第5章 魔都に耽溺した大正作家たち
○第6章 「摩登都市」と昭和
○エピローグ 上海からみた日本
■幕末の安政開国(1858)から明治維新(1868)までの10年間で江戸幕府が欧米諸国に派遣した使節団のほとんどが、上海(あるいは香港)経由で欧米に渡っているという事実。
つまり、幕末の志士たちの最初の「西洋」体験が上海であったということ、ディナ-、
ピアノ、写真といった西洋事情と遭遇するのです。
まさしく19世紀半ばの上海は、列強諸国の東アジア進出の「最前線」であり、
東アジアにおける西洋文化基地であったというのです。
さらに、近代ナショナル・アイデンティとしての日本人論、明治・大正文学に見るオリエンタリズムやモダン趣味などなど・・・・とお話は続きます。
そして、近代日本人の精神の変遷をとらえるうえで、上海と日本との関係の解明が欠かせないと結んでいます。
■私にとってまだ見ぬ上海、であり中国本土。
いつかこの眼で見、肌で感じたいとの思いがぐっと迫ってきました。
10年にも及ぶ日本での留学体験から生み出された中国人学者による奥深い考察。
あらためて日中の関係が取りざたされている昨今、ぜひ一読をお薦めします。
★「魔都上海―日本知識人の「近代」体験 」
劉建輝【著】 講談社選書メチエ (2000-06-10出版)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062581868/sr=8-1/qid=1160875490/ref=sr_1_1/503-5432329-7924754?ie=UTF8&s=books
(Amazon書評投稿に加筆)
この記事へのコメント